宮城県の酒蔵が一丸となって、全国新酒鑑評会の入賞率100%に挑んでいます。
全国新酒鑑評会とは、清酒の品質向上を目指して、酒類総合研究所と酒造組合中央会が主催している、その年の新酒を評価する大会です。毎年、各蔵が威信を賭けて、技術の粋を集めた逸品を出品します。
昨年度(28BY)は860点の出品があり、成績が優秀と認められた入賞酒は437点。そのうち、特に成績が優秀だった242点が金賞を獲得しました。
宮城県の酒蔵は、県と酒造組合の強力な支援に加え、酒蔵同士の活発な情報交換によって、20年前から全国でもトップクラスの入賞率・金賞受賞率を誇ってきました。昨年度の鑑評会では入賞率91.3%、金賞受賞率87%と、ともに過去最高を更新。もちろん、全国一の数字でした。
そんな宮城県は、5月に開かれる今年度(29BY)の鑑評会で、入賞率100%を目指しています。今回は、宮城県の酒蔵が一致団結して挑む、ハイクオリティな酒造りを追いました。
高いクオリティを支える、ふたりのスペシャリスト
鑑評会に向けた宮城県の動きは、毎年5月に開かれる、酒類総合研究所が主催する製造技術研究会から始まります。その直前に発表される全国新酒鑑評会の結果とともに、出品されたすべての酒が公開されるのです。
酒蔵の指導に当たる宮城県酒造組合の技術担当参事・伊藤謙治さんと、宮城県産業技術総合センターの総括研究員・橋本建哉さんは、この研究会に必ず足を運び、宮城県から出品された酒をチェックします。特に力を入れるのが、入賞できなかった出品酒のきき酒。入賞を逃した原因を探っていくのです。
さらに、酒類総合研究所から各蔵に届く出品酒の成績表を、体系立ててまとめます。そのデータをもとに、金賞と入賞の分かれ目や、入賞を逃した原因を分析します。
11月になると、出品酒に使われる酒米の品質を調べ、蒸米や麹造りについて、その年の米質に合ったやり方を考え、12月の酒造講習会で各酒蔵の杜氏にそれを伝えます。本格的な造りが始まった後も、おふたりは県内にある23軒の酒蔵をくまなく回って、直接指導を行います。
「杜氏さんだけではなく、蔵元さんも交えて、前年の結果を踏まえながら、どう改善していくかを綿密に相談し、現在進行形で進んでいる造りに反映してもらいます」(橋本さん)
3月に入って吟醸酒の造りを終えると、候補を繰り返しチェックして出品酒を決めていきます。きき酒は鑑評会に準じて、20℃の水槽で酒の温度を調整して実施されます。その場で、おふたりが「私たちが推奨する酒はこれです」と、提案します。
その意見を参考にしながら、最終的には各蔵の杜氏と蔵元がどれを出品すべきか判断するのですが、「多くの蔵元さんが我々のアドバイスに耳を傾けてくれますね」と橋本さん。特に近年、蔵の技術が上がってきたためか、意見が割れることは少なくなっているそうです。
金賞ではなく、"入賞100%"を目指す理由
おふたりが目指しているのは金賞ではなく、入賞以上の成績です。「難点がなく、バランスの良い酒を造れば、入賞は確実に狙えます。しかし、金賞を獲るためには運が必要な場合もあり、造り手がどんなに努力しても獲れないことがあるのです」と、橋本さんは言います。
過去14年間の審査結果を遡っても、入賞率が65%を下回ることはなく、平均80%以上の高い水準を維持していますが、金賞率は85%を記録した翌年に47%まで落ち込むなど、大きなブレがあるようです。
しかし、全体の傾向を見ると、入賞率も金賞率もじりじりと高くなってきています。宮城県の酒蔵に務める多くの杜氏は、おふたりの指導によるものが大きいと話しています。
「出品酒に使う酒米の分析に基づいて、蒸米に麹菌を振るタイミングや醪を搾る時期を的確に指導してくれる。昔よりも進化している」(川敬商店 蔵元杜氏・川名正直さん)
「『他の蔵の金賞受賞酒を真似しろ』という指導はせず、蔵の個性に合わせて、きめ細やかなアドバイスをしてくれることが、信頼に繋がっています」(墨廼江酒造 蔵元社長・澤口康紀さん)
「杜氏になって3年目の未熟者の私が金賞を獲れたのは、データや数字以外の部分で指導を受けることができたからです」(蔵王酒造 杜氏・大滝真也さん)
「井の中の蛙に陥りがちな我々を正しい方向へと修正してくれる。当初は何を言っているのかわからない部分もあったが、最近、理解できるようになってきました。指導を受ける側のレベルが上がってきたからだと、感謝しています」(萩野酒造 製造責任者 ・佐藤善之さん)
「とても参考になる。金賞受賞は先生ふたりの指導があってこそ。どの蔵も全幅の信頼を置いている」(中勇酒造店 杜氏・上野和彦さん)
こうした杜氏や蔵元の絶賛に、橋本さんは「東北の他県でも同じレベルのことをしています。特別なことをしているとは思っていません」と、謙遜。ただし、そんな状況のなかでも宮城県の成績が特に高い理由について、橋本さんは次の要因を挙げています。
「宮城県酒造組合と宮城県産業技術総合センターのある仙台から、もっとも遠い気仙沼でも車で2時間という交通の良さは有利な点ですね。一日に何ヶ所も回ることができ、必要なタイミングで指導できるのです。杜氏さんが仙台まで相談に来ることもあります。
県内全域が仙台藩だった宮城県の酒蔵は、仲間意識と結束力が強く、お互いの情報交換が盛んに行われていることも見逃せません。加えて、南部杜氏の里(岩手県花巻市石鳥谷から紫波町にかけてのエリア)が近く、優秀な南部杜氏が宮城県に来てくれました。近年、そういう季節雇用の杜氏さんが来られなくなり、蔵元杜氏や社員杜氏が代わりを務めるようになってきましたが、引退するに当たって、彼らが培ってきた酒造りのノウハウを惜しみなく伝授してくれたことも重要な要素ですね」
ふたりの先生を中心に、県内の酒蔵が一丸となって挑戦するこの取り組みは、全国の酒蔵が技術を高めているなかで、全国一の入賞率という成果を残しています。5月に発表される鑑評会の結果が楽しみです。
(取材・文/空太郎)